
最近、個性的な名前やキラキラネームについての話題を目にすることが増えましたよね。
「こんな名前、読めないよ」「最近の親は変わった名前をつけるなあ」なんて思うこと、ありませんか?
でも実は、珍しい名前をつける文化って、昔からあったんですね。
むしろ歴史を振り返ると、昔の人の方がもっと大胆で驚くような名前をつけていたかもしれません。
この記事では、平安時代から明治・大正時代にかけて実在した「昔の人のキラキラネーム」について、具体例を交えながらわかりやすくご紹介していきますね。
読み終わる頃には、「キラキラネームって実は日本の伝統文化だったんだ」と新しい視点が得られるかもしれませんよ。
キラキラネームは昔から存在していた日本の伝統
結論から言うと、いわゆる「キラキラネーム」は現代だけの現象ではなく、古代から続く日本の命名文化の一部なんですね。
平安時代にはすでに珍しい名前が批判されていましたし、明治・大正時代には現代以上に読めない名前が数多く存在していました。
むしろ昔の方が、もっと自由で大胆な命名が行われていたと言えるかもしれませんね。
2026年現在、キラキラネームについての議論が再燃していますが、歴史を知ることで「これって昔からあったんだ」という発見があるんです。
なぜ昔からキラキラネームが存在していたのか
万葉仮名という命名文化の始まり
キラキラネームのルーツは、万葉仮名にあると言われているんですね。
弥生時代から古墳時代にかけて、中国から漢字が伝来した際、漢字の音だけを使って日本語を表記する方法が生まれました。
たとえば「波奈(はな)」「比登(ひと)」のように、漢字本来の意味ではなく音だけを当てて名前をつけていたんです。
これってまさに、現代のキラキラネームと同じ発想ですよね。
漢字の本来の読み方を無視して、自由に読ませる命名法は、実は1000年以上前から存在していたんですね。
平安時代にはすでに批判されていた
興味深いことに、平安時代の枕草子でも、珍しい名前に対する違和感が記されているんです。
清少納言さんは、漢字の表記と実際の読み方が合わない名前について、すでに指摘していたんですね。
さらに鎌倉時代の『徒然草』では、兼好法師さんが「珍しい名前は浅知恵」とまで厳しく批判していました。
つまり、「珍しい名前をつける→批判される」という構図は、昔から繰り返されてきた歴史なんですね。
私たちが今「キラキラネームってどうなの?」と議論しているのと、同じことが平安時代にもあったなんて、なんだか親近感がわきませんか?
名乗り読みという独自の文化
日本の人名には、「名乗り読み」という独特の読み方があるんですね。
たとえば、大伴家持さんの「家」を「やか」と読んだり、源頼朝さんの「朝」を「とも」と読むのは、人名独自の読み方なんです。
これは一般的な漢字の読み方とは違う、人名専用の読み方として昔から存在していました。
つまり、キラキラネームの「独自の読み方」という特徴自体が、実は日本の伝統文化の一部だったんですね。
昔の偉人たちの名前も、当時の人からすれば「どう読むの?」という名前だった可能性が高いんです。
実際にあった驚きの「昔の人のキラキラネーム」
森鴎外さんの子供たちの名前
明治時代を代表する文豪、森鴎外さんの子供たちの名前は、現代でも驚くような個性的なものばかりなんです。
長男の名前は「於菟(おと)」さん。
これはドイツ語で虎を意味する「Otto」から取られたと言われていますね。
次男は「不律(ふりつ)」さん、三男は「類(るい)」さんと、どれも一般的な読み方ではありません。
さらに長女は「茉莉(まり)」さん、次女は「杏奴(あんぬ)」さんと、外国語の発音を意識した名前をつけていたんですね。
森鴎外さんほどの文化人でさえ、現代なら確実に「キラキラネーム」と呼ばれそうな名前をつけていたわけですから、驚きですよね。
明治・大正時代の珍名あれこれ
明治・大正時代には、他にも驚くような名前がたくさんあったんです。
- 紅玉子(るびこ)さん - ルビーを漢字で表現した名前
- 元素(はじめ)さん - 化学用語を名前にした例
- 真善美(まさみ)さん - 哲学的な概念を名前に
これらの名前、現代のキラキラネームと比べても、むしろもっと難解かもしれませんね。
当時は女性誌に「赤ちゃん名付け部」というコーナーがあって、ユニークな名前を考案していたそうなんです。
つまり、珍しい名前をつけることは、当時のトレンドでもあったわけですね。
武将たちの幼名も個性的だった
歴史上の人物も、幼名(子供の頃の名前)は独特なものが多かったんです。
たとえば織田信長さんの幼名は「吉法師(きっぽうし)」。
伊達政宗さんは「梵天丸(ぼんてんまる)」という幼名でした。
これらは元服(成人)するまでの名前で、幼名・通称という文化が日本にはあったんですね。
つまり昔の日本では、人生のステージごとに名前が変わることも珍しくなかったわけです。
現代で言えば、キラキラネームで生まれても、後で改名できる柔軟性があったとも言えるかもしれませんね。
現代のキラキラネームとの比較
昔の珍名の方が「ヒドい」という声も
実際に昔の名前と現代のキラキラネームを比較すると、「昔の名前の方が過激だった」という意見が多いんですね。
現代のキラキラネームは、たとえば「心愛(ここあ)」「希星(きらら)」など、読みにくいけれど可愛らしいイメージのものが中心です。
でも明治・大正時代の「紅玉子(るびこ)」「元素(はじめ)」などは、もっと直接的で強烈な印象がありますよね。
1980年代から外国人発音を意識した名前が増え始め、2000年代にはDQNネームと呼ばれるようになりました。
でも歴史を振り返ると、こうした流れは繰り返されてきたことがわかるんですね。
改名が増えている現代
興味深いことに、現代では改名申請が年間約4000件あり、そのうち7割が承認されているそうなんです。
キラキラネームで生まれた人が、大人になって改名を希望するケースが増えているんですね。
「悪魔ちゃん」や「王子様」といった名前が裁判で話題になったことも記憶に新しいかもしれません。
一方で昔は、幼名から元服名への変更が当たり前だったため、珍名でも問題が少なかったのかもしれませんね。
まとめ:キラキラネームは日本文化の一部だった
ここまで見てきたように、昔の人のキラキラネームは、現代よりもずっと自由で大胆なものが多かったんですね。
万葉仮名の時代から始まった独自の読み方、平安時代にはすでに批判されていた珍名文化、明治・大正時代の驚くような命名例。
これらすべてが、キラキラネームが日本の伝統的な命名文化の一部であることを示しているんです。
森鴎外さんのような文化人でさえ、現代なら「キラキラネーム」と呼ばれそうな名前を子供につけていました。
つまり、珍しい名前をつけたい、個性的な名前で子供の幸せを願いたいという親心は、昔も今も変わらないんですね。
現代のキラキラネームを批判する前に、「実は昔からあった文化なんだ」という視点を持つことで、もう少し寛容になれるかもしれません。
もちろん、子供が将来困らないようにという配慮も大切ですが、歴史を知ることで新しい発見がありますよね。
名前は親から子への最初の贈り物。
昔の人も今の人も、その思いは同じなんだなあと感じていただけたら嬉しいです。
もし周りに「最近のキラキラネームって…」と話している人がいたら、「実は昔の方がすごかったんだよ」と教えてあげてくださいね。
きっと、名前についての見方が少し変わるかもしれませんよ。