
時代劇で見るちょんまげ姿、気になったことはありませんか?
現代の私たちは美容院や理容室で定期的に髪を切るのが当たり前ですが、昔の人たちはどうやって髪の毛のお手入れをしていたのでしょうか。
実は、昔の日本では「髪を短く切る」という習慣そのものが、長い間ほとんど存在しなかったんですね。
この記事では、古代から明治時代にかけての日本人の髪の毛事情について、使っていた道具や方法、そして時代ごとの変遷を詳しくご紹介していきます。
きっと「へえ、そうだったんだ」と思える発見があるはずですよ。
昔の人は基本的に髪の毛を切らなかった
結論からお伝えすると、古代から江戸時代まで、日本人は髪の毛を短く切るのではなく、長く伸ばして結う「髪結い」の文化が主流でした。
男性は月代(さかやき)という独特のスタイルで、女性は長い黒髪を束ねて美しさを表現していたんですね。
現代のように髪を短くカットする習慣が一般化したのは、実は明治維新以降のことなんです。
明治4年(1871年)の断髪令によって、それまでの髷(まげ)文化が大きく変わり、理容業が本格的に職業として確立されました。
つまり、「散髪」という今では当たり前の習慣は、日本の長い歴史の中ではかなり新しい文化だったんですね。
なぜ昔の人は髪を切らなかったのか
長い髪が美の象徴だった
昔の日本では、特に女性にとって長い黒髪は美しさの象徴とされていました。
平安時代の貴族女性は、床に届くほど長い髪を大切に育てていたと言われていますよね。
髪を切ることは、出家や喪に服すときなど、特別な理由がある場合に限られていたんです。
男性も同様に、髪を長く伸ばして結うことが一般的でした。
実用的な理由もあった
男性の月代スタイルには、実は実用的な理由があったんですね。
貴族や武士が冠や兜をかぶる際、頭が蒸れるのを防ぐために、前頭部から頭頂部を半月形に剃り上げていました。
これが月代と呼ばれるスタイルで、古代から鎌倉時代にかけて広まっていったとされています。
戦いに臨む武士にとっては、快適さと機能性を兼ね備えた髪型だったわけですね。
道具が限られていた
現代のような便利なハサミやバリカンがなかったことも、大きな理由の一つかもしれませんね。
古代の人々が使っていた道具は、木製の毛抜き(木鑷)や小型のハサミなど、非常に限られたものでした。
髪を1本ずつ抜くという作業は、想像しただけでも大変そうですよね。
時代ごとの髪の毛のお手入れ方法
古代・鎌倉時代:毛抜きで1本ずつ抜いていた
古代から鎌倉時代にかけて、月代を作るときは木製の毛抜き(木鑷)で髪を1本ずつ抜くという方法が主流でした。
これって本当に痛そうですよね。
実際、頭皮の炎症が問題になっていたという記録も残っているんです。
当時の人々の苦労が偲ばれますね。
室町時代:「髪結床」が登場
室町時代になると、髪結床(かみゆいどこ)という、今で言う理髪店のようなお店が登場しました。
そこでは櫛・毛抜き・ハサミを使って、男性の月代剃りや髭の手入れを提供していたんですね。
「一銭剃り」と呼ばれるサービスで、庶民にも毛抜きの習慣が広がっていきました。
料金も分かりやすく、気軽に利用できたのかもしれませんね。
戦国時代:カミソリが導入される
戦国時代に入ると、大きな変化が訪れます。
織田信長さんがカミソリを導入したことで、月代を「抜く」から「剃る」スタイルへと変わっていったんです。
ポルトガルから伝来した道具の影響もあり、武士の標準的なスタイルとして定着していきました。
抜くよりも剃る方が圧倒的に楽だったでしょうから、きっと多くの武士たちが喜んだことでしょうね。
江戸時代:髪結いの文化が花開く
江戸時代には、男性のちょんまげ(髷)が一般的なスタイルとして定着しました。
道具としては糸切りばさみや毛抜きが使われていたんですね。
女性は相変わらず長い髪を束ねるスタイルで、切るよりも「整える」ことに重点が置かれていました。
面白いことに、徳川吉宗さんがハサミで髪を切ったという逸話も残っているんですよ。
江戸中期には現代のハサミの原型となるような道具も登場していたんですね。
明治時代:断髪令で大きく変わる
明治維新は、日本人の髪型にも革命をもたらしました。
明治4年(1871年)の断髪令によって、男性の髷が短髪(散切り頭)へと変わっていきます。
横浜から西洋の理容技術が入ってきて、クリッパーを使った丸刈りや八分刈りなどが流行したんです。
「文明開化は散髪から」という言葉もあったくらい、髪型の変化は時代の変化を象徴していたんですね。
それまで何百年も続いた髪結いの文化が、一気に変わってしまったわけです。
昔の人が使っていた道具たち
木製の毛抜き(木鑷)
最も古い時代に使われていた道具が、木製の毛抜きです。
シンプルな構造ですが、髪を1本ずつ挟んで抜くのは本当に根気のいる作業だったでしょうね。
頭皮への負担も相当なものだったと想像できます。
カミソリ
戦国時代以降、月代を剃るために使われるようになったカミソリ。
これによって髪の手入れが格段に楽になったと考えられます。
ポルトガルからの伝来品が元になっているというのも、国際交流の歴史を感じさせますよね。
小型のハサミ
江戸時代には、糸切りばさみのような小型のハサミが使われていました。
現代のように髪全体を切るためではなく、細かい部分を整えるために使われていたんですね。
江戸中期には現代のハサミの原型となる道具も登場していたとされています。
櫛(くし)
粗歯と密歯の2種類の櫛が使われていました。
髪を梳いたり整えたりするのに欠かせない道具で、今も昔も変わらず重要なアイテムだったんですね。
まとめ:昔の人の髪事情は私たちとは大きく違った
昔の人の髪の毛を切る習慣について見てきましたが、いかがでしたか?
古代から江戸時代まで、日本人は基本的に髪を短く切るのではなく、長く伸ばして結う「髪結い」の文化を大切にしていたんですね。
男性の月代スタイルも、最初は木製の毛抜きで1本ずつ抜いていたものが、カミソリの導入で剃るスタイルへと進化していきました。
女性は長い黒髪を美の象徴として大切に育て、切ることはほとんどなかったんです。
そして明治維新の断髪令によって、初めて「髪を短く切る」という文化が一般化し、現代の理容・美容業の基礎が築かれました。
私たちが当たり前のように通っている美容院や理容室は、実は日本の長い歴史の中では比較的新しい文化だったわけですね。
時代劇を見るときも、この知識があればより一層楽しめるかもしれませんね。
あのちょんまげや月代には、こんなに深い歴史と実用的な理由があったんです。
昔の人たちの工夫や苦労を知ると、今の便利な時代に感謝したくなりますよね。
次回美容院に行くときは、「昔の人は毛抜きで1本ずつ抜いていたんだな」なんて思い出してみてください。
きっと、今の快適さがより一層ありがたく感じられるはずですよ。